雨の代々木のHalston
スケアメ後、すっきりした気持ちで腹を括り直したつもりだったのに、ショートの日から深呼吸の着地点…というか身の置き場が妙に落ち着かなかったのは、首都圏で開催される全日本、それも4年に一度の特別な…という独特の会場の空気があったからかも知れない
とにかく、気のせいでなければ贔屓目抜きにして、友野一希を押し上げようという熱気が未だかつてないほど渦巻いていた
それも、想定外だったのは、もはやガチの友野ファンを軽く覆いこむようなどうすることもできない熱気…
ちょっとびっくりでもあった。私はけっして過剰に見積もるおめでたいタイプではない。むしろどちらかといえば卑屈なほうである。
全日本やで、しかもらくたぶちゃうでここ
お隣の(通し券)前日ショートはまだ違う選手がメインかなと思っていた女性も6練から幾度も名前を叫び…遮りたくなるのを堪えるという謎の、それどころじゃねぇ心理状態に私はおちいっていた……
事実、フリー最終Gの6分間練習はたいへんに騒々しいものだった
そもそも私は、あの時間のコールと各選手紹介のタイミング以外での節操ない観客からの声かけが苦手である
以前ビッグな先輩達がいたころもうるさ…大音量ではあったがまだ偏ってたぶん謎の統制みたいなものもあり耳が慣らされていた。しかしここ最近はローカルからもう応援合戦の様相…
もちろんケースバイケースではあるが、全日本の最終Gともなるともうここで運命が決まるような重要な最後の調整時間なのに赤の他人が集中の妨げ…ファン感情の押し付けみたいで、変に醒めた気持ちになってしまいがち。
たらればを言うなら、
もしあの場が騒々しくなければ
ポジションついて曲がかかるまでにせめてあと1秒でも呼吸を整える時間があれば
あるいは元も子もない話だけど、それでも観衆のエネルギーと呼応して燃やせるタイプのプログラムならば…
そもそも、フリー当日練習があんな変則的な時間でなければ…昨年の全日本もだけどフィジカル負担大きい男子が最近いつも連日スケジュールになるのはなんで…(そこまでよ
結果的に、シーズン序盤たまにある、曲かかりがフライング気味に感じる時のような滑りだしの空気だった
というか見守る私の準備的にはそう思えた
冒頭の転倒で悲鳴があがった
なぜ…鎮めて……
昨日ショートを笑って終えて、さあもうここまできたら野となれ花となれ、どんな内容でもしっかり目に焼き付けよう見届けよう、と心に決めていたのに、謎の気にざわざわしたまま4分間が過ぎていった
ステップが猛烈に美しかったこと、旧Halstonから通して初めて目にする、いやそれどころか今までのどのプログラムでも見たことない穏やかな笑み…
喧騒も動揺も悲しみも…なにもかも、すべての魂を包み込んで救済するような笑顔だったことだけは覚えている…
何をいってるかわからないと思うが、その昔に西方の石窟でみた壁画の天女の顔だった
今はもう二度と立ち入れないだろう石窟の天女
ちょっと自分でも何を言ってるかわかんない
そして、これも初めて…… 大きく両手を広げて迎える平池先生の後ろ姿、顔を埋めたところに後ろからさらに包み込む仏のようなミーシャ…
…これらは実際の景色だったのか私の脳がつくりだした思い込みだったかは確証ない
なにせ録画をまだ見返せていないので、記憶がとんでいる…検証もせずにこんな長文に記してごめんなさい
一連の時間、みんな泣いていたらしいのだが、しかし私個人は涙を流した記憶がない
すべてを凝視していた(記憶にないから意味をなしてないが)
ただ、いつも体感あっという間で人より出番短く思えて損した気にすらなる推しの持ち時間が、あんなにも長く感じたのは初めてだったかもしれない。
そのあとしっかり覚えているのは、シェルブールの雨傘を聴きながら涙がとまらなくなったこと
点数とか順位といった数字はもう意識の外だったけど、かおくんが、喧騒の6練で激しく転倒していた4Loを、目の前でおそらく私の記憶の範囲では過去一鮮やかにおりて
その瞬間意識が現実に戻り視界がクリアになった
まことに勝手で申し訳ないのだが、このままいい演技になって欲しい、そして行ってらっしゃいという気持ちがわきあがり、手が痛くなるほど叩き、そしてわけのわからない涙を流した
私はこと特推しが絡むとスケオタ失格メンタルにもなるクズなのだけど、こんな推し活イチの局面で、ここはもう荒れた展開にはならないでほしい踏ん張れという気持ちしかなかった。
まだすべてが決まったわけではないのに。
Halstonでは流れなかった、わけのわからない涙を流したまま、頑張ったかおくんにスタオベを捧げた
クズになりきれなかった…私…
続く最終滑走のゆま氏が、初戦のサマーカップ現地でなんて愛くるしいカラフ王子なんだろうと口角緩みまくったのに、試合を重ねるごとにあるいみ孤独な戦いに…彼はもう自分との戦いで、いうて優勝は確定だろうに悔しくて涙する姿に、若い子たちみんな素敵だな、フィギュアスケートいいなとよくわからない清々しさを憶えた
(誤解をおそれず述べさせてもらうと。もともとこの140字に収まりきらない脳内の置き場所をつくるきっかけは、ゆま氏に対する嫉妬のような感情からだった。ミラノワールドでトップで戦う立ち位置になり、苦しみながらワールド入賞に見合う力をつけようともがいていたところに、エンターテイナーという二つ名の立役者ともいえる当時の振付師の曲を若くして完璧に熟すサラブレッド。脅威だった。我が推しが爪先で必死に食らいついてる立ち位置にこの子は難なく入ってくる…しかも5年も違うのに遠目に背格好が似て見える…こわい……と思う間もなくシニアにあがると、同じ構成で完全にエースの評価を受けるようになっていた。
コロナ禍国内選手だけのGPで、ショートは僅差ながらフリーで大きく開けられて、悔しさをおさめて表彰式でお世話をする姿、その夜の満月があまりにも綺麗だったこと。それで、140字で流れ去っていかない応援の記録場所を作ろうと思ったのだった)
(なお、いざとなったら下書きだらけでほとんど公開できずに今に至る)
話が脱線したので戻す
若い子たち素敵だな…日本の未来明るすぎるな…と頭の中で念仏みたいに唱えながら、それでもこれ以上の景色に立ち会うことはできず、緋毛氈が敷かれる前に両隣に会釈して座席を離れた
そういえば反対側のお隣はゆまタオルを持ちながら、会場でトモノレッドを買ってこられてた方だった…応援ありがとうございました。おめでとうございます。言えばよかった…申し訳ない
流れに巻かれ出口に向かいながら、4年前たまありの記憶…、それが最後の試合となった、推しが幼い頃から慕っていた先輩のバナーを握りしめていたお隣の方を思い出していた。先に滑走を終えられたそのファンの方の気配を右半身に感じると少々心苦しく思っていたら、仮設スタンドが揺れたララランド、私より大きな手拍子と、フライング気味のスタオベをくださった方。
結果的にどちらも目指すところに届きはしなかったのだけど、この4年、私はスケオタとしての矜持をあの時のお隣さんの姿勢に支えられてきた部分がどこかあって。
なんていうか、推しのオタクとしての誇り。
いうて代々木入りしてもそれまでは思い出すことはなかったし同じようにしようだとか意識する余裕のあるはずももちろんなかったけれど、模範的に振る舞おうとも思ってなかった本当に余裕が無かったのに、結果的に気付いたら自分も同じ動きになっていたな…と
出口に着いたら大雨、雷まで光っとる
何の役にもたたないしょぼい折り畳みを開いて虚無っていたらひとり、ふたりと赤いトートの友に会い、運命の無慈悲さに嘆きの言葉を交わした。だって悔しかったから。同じ思いで代々木に遠征して来た同志の顔をみてやっと出せた声。
「もう苦しむ姿みたくない、大好きなスケートを、自分がいちばん楽しんで好きなように滑ってほしい。やりたいようにやってほしい。それが見たい」
と、たまらず漏らしたのを覚えている。
言いながら、その日初めて推しを思って泣いた
それだけ口にしたらなんか充分で変に落ち着いて、かといって重度のツイ廃のくせにTLを開く気にはなれず相変わらず雨に打たれていたらさらに出てきた友に、
「まだやる言うてんで」
「形は変わるかしらんけど、なんしか続けたいって」
「みんなが応援してくれて幸せな時間だった、て言うてんで」「記事あがってきてる」
情緒は完全に迷子になっていた
泣きながら笑った
俺たちのカズキトモノただものじゃない
そして、駅に向かいながら、かおくん良かったなあ…ちゃんとりおくんにも勝っての表彰台やし文句なしよな…と、誰からともなく口々に言った
でも私もうシェルブールあかんわ…パブロフの犬やわ…泣いてまうわ…と言いながらオタクの雨傘は防水がしんで内側からもしずくが垂れている。冷たい
そこからは、まだなんにもわからないながら、オタクなりの先の展望を明るく語り合った
…いや、観客うるさ過ぎたな、普段と客層も違ってくるし、ちょっと声かけのタイミングとかマナーアナウンスしても良くない?という話はしたかもしれない
ほとんど眠れないまま翌日は完全に新しい気持ちで最終日を観戦した
それとこれとは別に、見届けなきゃいけないものがあったから
だから男子ほどでなくとも観客のテンションは気掛かりではあったのだが、見届けたい彼女とその同志達は声援を力にかえていた。ワンダーなウィメンズだった……(これを語ると別枠が必要になるので割愛) そして嫉妬レベルのララランドによって最終Gへ神演技パワーを注入という、これも語ると以下略
なんていうか、G1でひとつの無慈悲に涙した以外、素晴らしい日だった(なお私はもうスケートの神には祈らない)
前の日のことをほとんど思い出すこともないほどすべてのカテゴリが充実していた
ただ、ヘッドドレスが世界一似合うかわいいヒトデを両手を広げて迎える岡島先生の後ろ姿が前日をフラッシュバックさせ、
やっぱり結果はともかく幸せなキスクラで終えさせてあげたい(あげたいて何様)と胸がきゅうとなった
それなりの年月スケオタやってきて、必ずしも競技生活最後が満足いく形ばかりじゃない、そうでないことのほうが多いくらいなのはわかってるんだけど。
それでも、最後はファンサじゃなく自分(と師匠)のためだけに笑顔になるのを見たい、と思った。
その日の夜は居酒屋で代表発表を待った
五輪はわかってたけれど、後半戦があるのか、それにともなう明日のMOIがあるのかは重要事項だったので
あらゆる仮定はしていたので、
四大陸、悔しさ晴らして見返したれみたいな声もみかけたが、
どちらかというと私は、ちょっと切り替え早いかもしれないけどここからはもう楽しんで滑ってきてくれたらいいな…の気持ちが勝っている
もちろん五輪第1サブなのでそうもいかないのかもしれないけれど。
いやまあご本人がヤッたるな感じならばそれはそのように…
なんぼ好きでもガチアスリートのこころは推し量りようないので。
推し量りようないといえば、
あの、集中に差し支えるのではとも思えた喧騒が、これまで1番と思えるほどたくさんの応援を感じて幸せだったと。
幸せだったんだと。
もし悔いていたらどうしようどうしてくれると思って勝手に胸が苦しかったけれど、
これ以上なく私みたいなガチファンだけじゃない正真正銘のたくさんの人に愛されてることを実感してくれたのだと
ああみえてしっかり負けず嫌いの人、悔しさを置き換えての言葉かなと思ったら
MOIも終えて翌日、五輪代表の手続きにサブとして出席したのちのFスケファンミーティングの席でも、幸せだった、応援がありがたかったと話してくれた
この場でしんみりするのよくないんで、と彼は笑ったけど、私は涙が堪えられなかった
悲しいからではなく
(ファンミは超たのしかったです)
大雨のHalstonから一週間経って、溜まりに溜まった仕事と年末のあれやこれやに忙殺されながらの日常で、1人になるとつい考えてしまう。
ただのオタクの自分でさえそうなんだから、ご本人はどうしてるだろうか… とも思ってしまったりしてキュッ‥ともなったりして。
ただひとつ、すごく確信したことは、
友野一希という人は、エンターテイナーで波瀾万丈のアスリートで求道者で
そのうえで、大きな愛の人だと
私という強火オタクは、これまで半ばムキになって我が推しはメディアのヨイショ的なもの(こらやめなさいw)が無いのに本質的な人気がある、だからご本人におかれては過小することなく自覚していただきたい…と、びくびくしながらも(ほんまです)言い続けていたのだけど…
いや待って落ち着いて…と動揺するほど、あの場でとんでもない渦になっていた…
ちょっと風上におけない変な話をするが、彼が五輪を目標にしていたことに関して…私がいちばん恐れていたのは、その晴れ舞台に届かないことじたいではなく、仮にそうなったことで彼が、やはり自分は「持たざる者」だと決めてしまう可能性がいちばんこわかった。
だけど、あの日の代々木の体験で、なんだかそこに関してはもうあまり関係ないような気がしてきた。
もちろん年齢的なことなど「行かせてあげたい」盛り上がりも加味されてはいただろうが、
あの場にいた関係者やメディア各位のみなさまは、いまやその日の内容にかかわりなく友野一希という人が、潜在的に人気を担ってるということをようやく実感され、認めざるを得なかったのではないかなと思う。
ちょっと大きく出た言い方だけど、あると思う。
もちろんこれからミラノに立つ選手達にはスケオタの枠を超えた知名度がつくでしょう。しかも万人に愛されるべきめっちゃいい子たちと私自身自信もっていえるしポテンシャルも無限大だと思う。
なのでその知名度という一点について悔しくないといえば嘘になる。小さい頃から天才と注目されタイトル持ちだったり太いバックボーンといったものを持たない彼に、オリンピアンという巨大なステイタスを持たせてあげたかった。ファン風情が何様であるが、持たせてあげたかったのだ。
元も子もない話、私自身五輪でスケートを見始め、最初の沼にはまったのは長野のダルタニアンだったし北京の王者はもうひとつの悲願だった。
そんな多くのお茶の間の入り口になることは承知の上で、昨今の五輪至上主義な風潮がどうしても好きにはなれず、しかし最高峰、推しがそれを目指してるからならばと応援していたような捻くれ者、だってそのステイタスが今後のやりたいことにも影響力を持つことはわかっていたので。
でも、それでも、彼なら既存の概念を超えていけるんじゃないか、これまでもそういう仕事人だったし、それで築いてきたもの身ひとつでここまで愛され、それはこの先もっと大きく広がっていけるんじゃないかなと感じている。
先に述べた話題と重なってくるけども(よほど気になったとみえるw)
主語が大きくなってしまい恐縮ではあるが、従来のガチ友野ファンの多くは6練や本番前30秒の時間に声を出さない。正確にはコールと選手紹介アナウンスのタイミングに短く「がんば」くらいか。もちろん熱はめっちゃ込める。でも拍手と赤いタオルを振るにとどめる場合がほとんど。(ですよね?)
無論この事じたいにはケースバイケースだと思う。声かけして欲しい、それでモチベがあがると公言する選手もいるようなので。
ただ、彼に関してはご本人があまり好まないというのを以前きいているので。なにせたまありワールドの声援を「銃口」に例えるような人である。物騒だぜ
個人的にもファンの自己満発散みたいな声かけはあまり好きでなく、あの場は選手本人(とリンクサイドに立つチーム)の最後の調整時間だから侵してはならぬみたいな気持ちがつよい。
もちろん私も状況により他の応援する選手には声出しすることはある(あ、でもやたら6練中に誰々がんばなどとはやっぱ言わないな…)
全日本は、スーパースターな諸先輩方が引退してからは声援も分散されているものと思ってきた
昨年までも確かに真っ赤ではあったものの、それが、ちょっと音量的な意味で異様とも感じられる熱気になっていた。約束されたエースがいた時みたいに。今思うと、自分への熱狂ごとねじ伏せるスター達のメンタリティはいかほどだったかと思う。
とはいえ分散はされてたはずの喧騒、そんなわけないのに、かおくんファンの方がアウェイを感じてしまうほどだったようで…
そんなわけもなかろうに。お江戸でござるよ
でも、そう感じてしまう人がでるほどの熱狂、
「会場みんなが自分を応援してくれるように感じた」
のは、嘘じゃなかったんだと思う
そして、感極まってしまった、と…
わからない、わからないしそのうえでぜんぶ手にして欲しかったけれど、
あの瞬間、もしかしたら愛されてることを実感するほうが大切だったのではという気持ちがある
友野一希というスケーターは、氷上から大きな愛をくれる人。
悔しい経験も壮絶な鍛錬も胸にあるものをおさめて、笑って泣かせる誰ひとり置いてきぼりにしないスケーター
その称号は誇らしかったけれど、内心どこかで一方通行のようなものも感じてしまっていた。
もちろんファンはそんな彼を知り(知った気になり)出来うるだけの思いを届けてきたつもりだったけれど、そこは推しの鑑というかファン心理。
ガチであればあるほど影響ありそうなことは何もできなくなる。モンペリエ後の「今がいちばんいい時」だったはずの時期に環境面が厳しくなったときも、心配して声をあげる人たちがいる中でガチファンほど息を潜めて耐えた。推しの心はわからないから。望まれることは何でもしたい気持ちは山々だったけど、意に沿うかわからないことで我々が勝手にムーブを起こすわけにはいかなかったのだ。
そんな奥ゆかしい謎の関係性がある気がしてる。
いただくばかりなのだ。
彼自身「アスリートとして競技にむかう姿勢を応援してくれたら、何もしなくてもただ思ってくれるそれだけでありがたい」
と言う人。
返したいけど出過ぎた真似をしてはならぬ、そもそも友野一希は友野一希自身が発するものが何よりいちばん、真実があり、センスにも長けていることがわかっているから。
我々にできることは、公式に出されたグッズをありがたくせっせと購入すること。
それにも申し訳なくなるほどの特典がついていたりする…合法なイベントにも馳せ参じるが、採算取れてるのか心配になるほど手厚い…果たして活動の一助になれているのか、日々の2ℓのペットボトル水くらいにはなれないものだろうか
そう思いながら
まだジュニアの頃、敢えて親御さんが付いておられるタイミングに、数えるほどだが声を掛けさせていただいた事がある。喋れませんよ、おめでとうとか素敵でした程度の、いまの合法ファンサタイムとなんら変わらない声かけ。もちろん不審者である自覚を必要以上にもちながら()
こちらの声かけ以上に、親子してものすごくお礼の言葉を返してくださる。しかもとても仲がよさそうなご家族。
あったかい家庭と、家族みたいなチームに育まれて、そこで得た愛を氷の上からいっぱいに届けてくれるんだな…と感じた
いつしかそれは勝手に国境を越えていて、そしてご本人は世界の頂への階段をあがっていき、いちばん大切なシーズンの、すべてが決まるフリーに、唯一ともいえる内省的なプログラムを選んだ。
普段とは違うシーズン、ものすごく大きな賭けのようにも感じたし
友野くんご本人の意思の固さも感じた
我々より近しい間柄のジャーナリストが口にしただけであわやプチ炎上かみたいな状況だったからとても言える空気ではなかったし当然表で言う気もなかったが、今季は目的のためなら何でもやる(意訳)と言ったからには、プロかえても曲そのままで一昨年の振付に戻しても、堅実にいままでしてこなかった構成の変更をしてもいいと、何しても支持すると私は決めていた
でも、変えるわけがなかったのがオレタチノカズキトモノ……相当である
そして、僻地開催のスケアメとは緊張の種類がおそらくまるで違うのは我々にも想像がつく全日本に挑むしどうなっても笑顔でと決めたと知らされた以上は、もう腹括るしかなかった
いうて掴むつもりで後悔ない日々を積んで、最終選考で勝って行くつもりだったに違いないのだから
でも、持ち時間を終えて最後に残ったのが、日々を振り返っても幸せな時間だったと言葉にできる気持ちと、長い年月どんな苦しい時もずっと観客に愛を届け続けてきた彼がここ一番で受けとった、代々木上空に雨雲が集まるくらいの熱量で注がれた熱くるしいまでの愛なのであれば
思った結果とは違ったかもしれないけれど、捨てたもんじゃないし、
降り注いでいたのは必ずしも涙雨ってだけではなかったんじゃないかなと私は思っている
自宅に戻って、いつも家族の目にふれないところに隠し?てあるカレンダーをみた
そこにあった文字は
「何度もお客さんの応援に助けられたし、それがなければもう足が動いてなかったかもしれません」
ああ…そういう人だったと
一方通行に思っても、こちらの思いを拾い集めて栄養にしてくれている人だったと
涙がでたけど、とてもあたたかい気持ちになった…
ところで崩れるくらい大泣きしたのは、MOIのアナウンス新村さん
またも録画みれてないので(それくらい観てから語れよ)正確な文字起こしができないのだけど
幸せな時間だったと本人の言葉を伝えてくれ
我々が(きっと新村さんサイドも含め)、これからもカズキトモノを楽しみにしていると、いちばん伝えたくて願っていることをひときわ力をこめて代弁くださった時
そしてそこからのdon't foreign loveが、
silhouette衣装の(個人的にここ重要) don't foreign loveが、大優勝していたこと
あんな泣けて仕方ないプロでしたっけとなりながら、おまえさん以外に恋に落ちるわけがなかろうが!!!!!
と、気持ちをあらたにしたのでした
〜to be continue
七夕なので🎋
令和7年7月7日(れいわななねんしちがつなのか)(日本語ムズカシイ)ということで。
140字ソーシャルネットワーク脳漏れ連投妖怪、いつここを再開しようかと節目のたびにタイミング窺いつつ下書きいっぱいためてしまってたのをまるっと封印して、星に願いをこめて今夜からまた綴りはじめます
開設当時には想像もつかなかったほどご本人の言葉がたくさん発信されるようになったのに、いちオタクが物知り顔で有益情報などを語るつもりはありません。
ネットの海には変わりありませんが、直にツイッタ(とまだご本人も呼んでた気がするぞ)から視界に入るかもしれないよりはワンクッションおきたい自由な自分語り中心になると思います。
…で、迷いましたが過去の投稿は中途半端だった最終更新のみ下げて(お察しくださいw)そのまま残しています。読み返すと消したくなりそうなので自分でも見ていません笑
突然非公開になっていたら羞恥心発動したなと思っといてください笑笑
(なお解釈は私個人のものになるのでツイッタより踏み込んだ物言いもあるかもです。違うかな…と感じる方はそっと回れ右していただければ…と思います…)
✄------------キリトリ(長い前置き)-----------✄
★┷┓
┃友┃
┃野┃
┃く┃
┃ん┃
┃の┃
┃積┃
┃ん┃
┃で┃
┃き┃
┃た┃
┃も┃
┃の┃
┃が┃
┃最┃
┃高┃
┃の┃
┃形┃
┃で┃
┃輝┃
┃き┃
┃ま┃
┃す┃
┃よ┃
┃う┃
┃に┃
┃ ┃
┃ ┃
┗━𖤐
短冊に相応しい願い事ってなんやろと考え過ぎて具体的なこと書いては消し書いては消し…して結局こうなってしまうあるある…
なおBGMは「逢いたい」(by十字星のキセキ🦢💫)
氷艶2025もおわっちゃいましたね…
遠征キャパの限界で(お察しください)LIVE放送を録画してこれから観ます。
全日本合宿から翌日には2024十字星組として友野くんも現地にかけつけていたのだと知って、競技者としての姿と同じだけ(と言っていいほど)ショーの世界で躍動する姿が大好きでたまらない私としては、とても嬉しかったです。
…なんていうとこれから大勝負に向かうアスリートに対して語弊あるかもですが……
友野くんの追い求めていくフィギュアスケートの極みは、競技の大きな山のさらにその向こうにもきっと魅せることでつながっていると私は信じていたいので…
なのでどうか、やりたいことが思いきりできる健康な身体でありますようにと、まずなにより願っています。
…あ!これを短冊にしたらよかったやん
ラビットラビットホワイトラビット(🐇時々🦇)
今日から10月。
色々満載だったのにちゃんと書き記さないとと考え過ぎてなかなか更新できないでいたがとうとうスタンスを変えます。
烏滸がましくも、ここのログを使って自分にできることが何かないだろうかという気持ちがあったのは事実。一介のしかもかなり底辺のファンなりに有益なwebになれればいいと思っていた。かえすがえすも烏滸がましいぜ!
だがしかし、それをするには、私は怒涛のアウトプット未遂のツイッタ人間過ぎて、瞬発的には140字みっちり出るくせに言いたいことと責任のバランスも考え過ぎてあらたまった場⁇では結局なにも出せなくなってしまう。ネットの海に人様のことを出すのは責任重大なのだ。の、猛烈な呪縛。
結果、うまいことやるのはムリでした!
もちろん人目に触れること、固有名詞を用いるので配慮が必要なことは重々念頭においたうえで、だがしかしもう、もっと自由に日々の感じたことを残していきたい。
好きなことをただ素直に熱く語ればいいのだということを教えてくれたのも友野くんでした。
スケートや身体表現だけでなく、発する言葉からも魅力が溢れてくるのでどうしようもないぜ。友野一希。(突然の居直り
スケートは人柄が出るとか、よくスケオタが使いがちな文言で、また、少し前の根性論みたいなところで用いられがちで、正直いうと長らく私個人はその考えに少し疑問というか天邪鬼的な反発の気持ちがあったんですよね…
これは彼が言っていた意味からは飛躍してしまうのだけど、しばしば完全無欠にしたいときの代名詞にされたり、逆にライバルだったり何か批判したい相手との引き合いで使われることが目についていたし。
あとほら、他競技でも私生活がとか直接競技に関係ない仕事の露出がとか礼儀(メディア対応)がとかでこの手の話が出されるのをたびたび見かけてきたので(ここ最近だけでもうんざりマン)
いやいやいや、外野に何がわかるん、スケーターだって人間ぞ、氷の上でどんだけやってこそやろ!みたいな。むろんこれもある側面で非常に大事な、観る側が忘れてはならない事です。
ちょっと話広げ過ぎだけど、そこに繋がってきそうでね。
そういうのもあって私は、友野くんのスケートと同じくらいかあるいはそれを超えるくらい、生き方(人生の満喫)の幅や滲み出る生き様とか紡ぐ言葉にほんとはすごくすごく惹かれているのくせに、とはいえ、アスリートたるものそこを含んでの応援はよろしくないのでは…とか、ちょっと無理してバランスを取ろうなんとか取ろうとしていた。
我々にみえる姿はいずれにしろご本人を形成するなかのほんの一部に過ぎないのだから。しかも実は自然体とみせかけてぜんぶよそいきかもしれないし!(わかった気になっちゃいけないぞとブレーキをかける自制型オタクのアレ)
だけどどうだろう、彼自身の解れた言葉でフィギュアスケートの魅力として語られると、「いや、本当そうやん」「わたしがフィギュア好きなところと同じやし!」と、ごくごくシンプルな気持ちに立ちかえる。
もちろん個人差はあるでしょう。氷に乗ったら別人タイプもいるし。ただ、友野くんはそう、その人の生き様が表れる、それがフィギュアだと感じながら、自身もそのつもりで氷の上にいるんだなと、そしてその姿をお届けしてくれているのだな(と受け取ってよいよね?)
彼のスケートが観客を置いてけぼりにしないのは、ただパフォーマンスが派手だからではない。アピール激しいからでもない。と思ってる。
たしかに年若い頃はその側面も強かったかも知れないが、それでも何だろう、そういうインパクトを超えた強烈な「人懐っこさ」みたいなものがあった(あくまで氷上での話ね)。
競技の場面でミスが重なったり体力的にきつくなってきて、でも懸命に顔をあげて両手を広げて。誰かが言っていたが「俺を見ろ」以前に「俺が見る!」
いっぱいいっぱいなはずの時にもその意識に引き寄せられて、結果とは関わりなく観る側を高揚させていたように思う。
成熟した今はそこに、単なるアピールではない、底上げされた技術をもって細部まで作り込まれた所作によって観るものの意識を惹きつけ、仮にエレメンツに綻びがあった場合にもそれを濁りにみせない余裕の楽曲表現(正直表現というとってつけた言い方しかできないのがもどかしい)や、ミスなど忘れさせる(これもありきたりな言い方しかできなくてもどかしい)見せ場やフィニッシュまでいっさい舞台から降りない姿で我々をその世界に連れて行ってくれるのだ。
これは、突出した体幹であったりお手本級の正確エレメンツの切り取り組み合わせだけでは出せない才能と技術(敢えて技術という)だと、わたしは思っている。
その証拠として、ここ最近彼の代名詞となっているフリーのコレオ、それが今季のこうもりでは独立したエレメンツパートとして浮いて感じないのだ。その代わり、冒頭滑り出しからすべての場面が楽器を、オペレッタの世界観を全身であらわしていて4分間オールコレオタイム、これは挑戦だと思っている。大袈裟ちゃうぞ。
…待って、こうもりの魅力を語る会は次に持ちこそうと思ってたのにちょっと突っ込んでしまった。いや、あれは素晴らしいプログラムです(何様)
エレメンツを組み立てるためのプログラムではない。完全に音楽表現のなかにエレメンツを溶かし込もうとしているプログラム。
101点という成功を捨ててまるきり違うスピード感をぶち込んだショートのhappy jazzしかり、こじ開けた天井の穴をさらに広げて飛躍したい大切なシーズンにこの楽しそうにみえて鬼こうもりを競技プロとして仕上げるのは容易でないかもしれないが、私は、このプログラムが心底大好きだし、生きてる間にこんな上質なおもちゃ箱のようなプログラムを競技で見られて嬉しいくらい気持ちだし(大袈裟ちゃうぞみんな観て!)この先細かなピースが揃っていってさらに素晴らしい景色が見られるのを本当に楽しみにしているし、そうなる日を祈ってる。
なぜなら今すでに確実に最高だから。
そして話が行ったり来たりするけども、フィギュアスケートはその人の人生という確信と、今季のプログラム3つを観たことによりずっと理由なんてあるかい!と思ってきていた
「自分は何故にこんなに友野くんのスケートが好きなのか、友野一希というスケーターの好きな理由」
…というのが、ぼんやりではなくかなりはっきりと形になりました。
ちなみに、前にも記したかと思うしことあるごとに口にしてる気もしますが、
「自分が何故にフィギュアスケートが好きか」
の答えは全日本ララランドの現地体感にありました。
長くなってごめんなさい。
書き留めた下書きが20を超えるほどの産みの苦しみからの再開なのでこんななったけど、このボリュームが毎日続くわけじゃないです。安心してくださいw
競技が好きだからみんな応援しているけれど低浮上なときも推しの話題がでたらつい盛り上がってつぶやきに偏りがちな私が、この先空気読めないひとになるのを防ぐ意味合いもあるので(そうやってまた考え過ぎるやつ
今日も各所で試合がありますし。
友野くん、どうかご自身の最適解に沿うように、日々よい練習が積めていますように。
そして豊かな表現を彩る生活も充実して過ごせますように🌈
新年に寄せて2022-23
ツイッタではスケオタ忘年会で現地観戦まとめやシーズン振り返りが賑わっていた
が、タイミング逃してすっかり寝落ちていたのでこちらでマイペースに逡巡したい
2021-22シーズンの始めはDOIからだった。
そう、史上最高シネパラへのはじまり。
もっとも私が現地でみたのはララランドだったけども。
初見の鮮やかなブルー、新横浜のショート南サイドを、風を切りながら広げた右腕から風を感じたあのわくわく感は忘れられない。
そういえば、飲まず食わず誰にも会わずの1公演エクストリーム遠征、その時のDOIは昼公演ララランドみて即帰宅からの夜公演シネパラをテレビで観たのだった。ちなみにザアイスも初回昼公演を現地でみて即帰路、ゲリラ豪雨の車内で配信の夜公演を視聴しましたね… 現地でないときにかぎってシネパラなのは何故と泣き笑いしながら
ところで当時のログにも迷い迷って控えめに書き残していたが、正直この年の始まりは覚悟からだった。五輪シーズンだからというより… 会場前の立看板に意気込みとして書かれていた文字が「集大成」だったから。
そりゃもう、仕方ないとはいえツイッタランドでは勝手に解釈しざわつく人達は当然ながらいて。大抵みえるところで言及しちゃうのは「同担」でないところがだけども。…当該ファンは本人の言葉をまずそのまま受け止めつつ、深読みはあえてしたくないという感じだったのかな。ええ私自身はそうでした。意味するところはひとつじゃないだろう?と。
ただ、何があっても後悔しないように大切に応援する、見守ると腹を据えたきっかけとなったのは事実。友野くん自身も全日本前のカウントダウンでどうなっても後悔しない準備がととのってる旨を申されており。
年齢、立ち位置、特別なシーズン。いやそんなまだまだと思ってはいても、ほんの数ヶ月前に同期を見送った記憶も新しく…腹据えざるをえないでしょうがと。
もっとも「集大成 ≒ 史上最高」であると試合が進むごとに自然と入ってきたけども。
そんなわけで、このご時世もあり周囲に黙って突発的に越境するのはよろしくないという手前側の覚悟も重なり、決して推し活を家族に知らせずなるだけ感じさせない(漏れてるかはしらん)個人的スタンスを崩し、この年の全日本に向けてきちんと話して(余計な感情面までは伝えないが)、計画を立て予め宿もとり(ネカフェではなく!)…というごく基本的な準備をして臨むようになったのも、そこそこ現地会場に足を踏み入れるようになってから実はほとんど初めてであった。ひどいな笑
自宅から通えない現地は行かない(新幹線で往復上等)、翌日の朝までに帰れないところには行けない(ヤコバを逃しネカフェからの始発はギリセーフ)と決めていた自分としては相当の覚悟を要したわけだが。
ともあれ、自分自身スケオタとしてひとつ踏み込んだシーズンでもあったわけだ。
ただまあ、毎回はできないので(血の涙)
気持ちだけはクソデカいがそれだけではどうにもならない身の上、これでも有り難いと思わねばならぬ(血の滝涙)
自分のなかで折り合いつけながらどこからでも大切に応援していられたらと思って…いる
いや自分の話はいい。
ただまあこうやって身にあまる経験ができたおかげで、スケオタとして、特定選手推しのいる1ファンとして、世界いち幸せと自信もっていえる光景を見て感じさせてもらえたことは生涯の宝物にしたいと思っている。
客席からは声出し叶わないにもかかわらず、さいたまスーパーアリーナが揺れるほどの手拍子、拍手、スタオベ、熱気
それを操っていた鮮やかなブルーの友野くんを私は生涯わすれない。
もちろんそこがゴールなわけないのは百も承知なのだけど、これぞ、一片の後悔もない時間だった。何が好きか、自分はなぜフィギュアスケートを観ているのか、ひとつの最適解だった。幸せである。
実はそれまでの自分のなかでの最適解はJGP横浜のフリーだった。5年3ヶ月越しの。
ジュニア筆頭で迎えたシーズンとはいえ国内でも前年から注目されていた選手たちは他にいる中だったあの時とは立場も局面もまるで違うし、あの日も今回もモットスゴイ演技の本命達はいた。今も一歩先を行く好敵手だ。ただもう誰になんといわれようともあの時間の我が推しは最適解だったのだ…
おそらくそのあと代打の代打モンペリエのシネパラが最高の高だったように、この先もまたフィギュア最適解を更新してくれる時が来るかもしれないしそれが現地で感じられたらめっちゃラッキーだがそうであろうとなかろうとも、とにかくそんな姿を楽しみに新しいシーズンを迎えたい
1年前には、どんな気持ちで次の年越しを迎えるか正直あたま真っ白でさえいたけれど、まだ見ぬ一新されたプログラムとルール改正、それに加えて、こんな未来はちょっと予想できてなかったほどの自己開放というのか氷上パフォーマンス以外での発信が豊富で、
特定推しの前に競技ファンであるゆえの五輪後特有の寂しさがどうしてもわいてしまうところを、その何ともまた別の違う期待に変えてしまう力さえあるなと。
直近non-no webの記事中にあった、LA滞在中に2年半ぶりに再会したミーシャと交わしたというスケートに対する思いや展望、どんな形にしろ未来を感じさせてくれるくだりがさりげなく入っていて涙がでるほど嬉しくヒマさえあればそこ読み返しに行ってしまう。
友野くんの内から出るパフォーマンスが、スケートが何にも代え難くとにかく大好きなんですよ。
どうか怪我などなく、心身御健やかに歩まれてほしいなと願っています。
今年もいいシーズンになりますように
(以下追記:20220701 夕方)
ここまでの文面をちくちく綴ったのが今朝未明、遅出の出勤準備をしているところに本人からの通知が飛び込んできた────
正直いってこんな新年になるとは思っておらず、またも動揺してしまっている。まったく修行が足りない。
所属先との契約満了はニュース記事にも上がり、またまたまた勝手にざわついてしまうひとも。
まあ自分もしっかり狼狽えましたけども。
それでも、ご本人からの出された言葉を読み、読めば読むほど、なんて誠実で素敵な人だろうと思ってしまう。知らんけど。大好きだ。(どさくさ)
今は出されたことしか分からない、わざわざ律儀にプロフが原点のクラブに記載してあることしか読めない。
何か先のことが決まっているのか、いまはとりあえず白紙なのかも、分かりようがない。当たり前だ。
ただ願うのは、恩返しできるようにという言葉が叶えられるよう、集中できる環境がととのい守られること。
しかしなんと動揺してる間もなくこれからすぐDOIが始まる。
happyをお届けしてくれるひとが、happyじゃなきゃ始まらない。
友野くん、何が変わっても変わらなくても、どんなときだって応援しているし、あなたのhappyを全力で願っています。
(さあ続きはこの目でみてからだ!)
24歳のお誕生日によせて(大・大遅刻
おことわり※今回はいつもに増してただの1ファンのクソ熱お気持ち文です
今年のお誕生日はなんだか例年になく特別感があった。
わたくしはTwitterが主な生息地なのでそこでの認識になるが、誕生祭タグを見かけるようになったのはミラノ後あたりからかなと記憶している。
でも、自分はそこに乗っかれるアカウントじゃないと変に引いてしまっていて。ご本人はじめ他の同担の方からの認知や、それだけじゃなく以前からやり取りある方に引かれるのが不安で尻込みしていたというか。
自意識の角質化、知ったことかいって話なんですけども。めちゃめちゃ気にしてしまって。
(気合い入れて始めたこのログでさえ出せなかったりすぐ引っ込めたりする始末なのでお察し笑)
でも今年は(わたしのTLはいろんな方がいるのでこれでも控えめにしつつ)ようやく最初から素直に自分もその波に乗せてもらった。
楽しかった…
まあ考えたら今までだって地味にいにしえのTL内でセルフ祭りはしてましたけども…今年はなんかまた派手にうかれとるなという感じでしょうか…
生温かい目で流してくれた方々ありがとうございます…
…いや、その頑固で偏屈な気持ちに変化が現れたのは、なんだろう…、
元々は、節目となりがちな五輪シーズンを後悔なく過ごすぞ!ってアイドリングからの勢いもあるけれど、その特別なシーズンが進むうちに、ご本人…友野くんが自身の言葉をたくさん発信してくれる機会が増え、それにともなってか五輪前だからか、以前よりも丁寧に当人自身を掘り下げてくれる記事も少しずつ出てきて。
なかでもNow Voiceが始まったこと、友野くん自身がマイペースに自分の好きなことを躊躇いなく発信し始めてくれたことはとても大きいように思う。
non-noの趣味語りや、Now VoiceでのPIW愛語りは正直笑っちゃうほどすごかった。
表現する人ならではなのかも知れないけれど、もっと額面通りに必要とされる事を感じとってそつなく話すタイプかなと思っていたので。
それが、ひとたび開放されるとこの人こんなに好きなことに真摯で、自分がどうであるかにここまで堂々としていられるんだなと。
かといって調子に乗り過ぎたり足元見失ったりはしないのか…(大好きなPIWにどうみても異例の直前追加されたり超レジェンドの代役にチームと絡んで大活躍したことの詳細にもみずから一切触れないんだな…と…)
ご自身では、楽しいとつい調子に乗ってやらかすタイプだというけれど、その自覚がバランスとれてるし別に多少は構わないのではとさえ思ったり(何様)。自己をよく知り、全体をよくみて、しかしその上での、何といわれようと揺るがない自信みたいなのに裏打ちされてるのかな、などと解釈致しておる。主観ですけども。どうでしょうね。
それに比べて己はなんだろ…いい大人がなにグジグジしてんだ、と喝入れられた気持ち?さえあるんや…正直(他人きっかけにすなw
…で、その真っ直ぐな言葉のなかには、折に触れ、まあ見てるよねとは察せつつ、ファンの盛り上がりだったり時にざわつきだったり、よくもわるくもそういうものを細かに感じとってる気配はあり。まあSNS社会を生きる名の知られた人は多かれ少なかれそうですよね…
しかしあくまで普段の明るさで、誰も何事をも否定をしないかたちでさりげなく今を伝えてくれる。ボクハココニイルヨ。
軽快なのに優しくて、繊細そうだし実際繊細なんだろうけれどしかしスッと軸のしっかりした強い発信。友野くんのスケートやジャンプみたいだな…
かえすがえすも。本当に素敵なアスリートであり人物を、好きになったなぁと思う。見る目ある(自画自賛
いわゆるジュニア後期の「マジカルチェンジ」以前に無性に気になって、演技にリンクでの様子に取材の言動にずるずると惹かれて、気付いたら必死に動向を追っていたそんな自分に変な罪悪感すら抱きコソコソしてたくせに、知名度が上がるにつれては他者との解釈違いにやたら拗らせたりもして。…かといって自分にはアピールしたり堂々とプレゼンテーションする力が無いのもわかってて、うっとおしいほどもにょもにょしていたおのれ自分。いちばんうざいやつ。ああめんどくせえ。
その間にご本人は想像を超えた成長を遂げて、逆にこちらにそんなことよりもっと大切なことをどんどんと教えてくれるようになった。
恥ずかしながら彼よりもはるかに長く生きてきてるけれど、ほんと尊敬する。
僕は諦めたことがない、だなんて、なかなかカッコもつけず言えるようなことじゃないよなと思う。
同時に才能に恵まれた若い後進を寸分ためらいもなくリスペクトしてみせるところも。
…いや根っこの本音など知りようもないしそれが心構えかも知れないけれど、友野くんが現実そう言うんだからそうなんだわ、と受け取れる。
虚勢とかじゃなく話してるなかでさらっと出てくるんでしょうどうせそうでしょうと察しつく。
だからこちらも彼のファンであり、フィギュアスケートのファンでいられる。大袈裟かも知れないけど、これは特推しがいる立場としては大きなこと。別にどちらでもいいんだけど、私個人は競技スケートを愛するファンでありたいので… 特推しがいることで揺らぐようになりたくはない思いがあり。
…話が逸れた…
その御本尊、苦労を悲壮にせず、冗談ぽくマジカルチェンジとかいうけど実際は本当に壮絶な努力してきてるんじゃ…
大人のアスリートとして日々磨き上げてる姿を応援していたいから、私は「トモノクンガンバッタネ😭」とは(思ってても)あんま言いたくないタイプのファンですが、かわいいだのなんだの言われがちな面差しにこれまでの生き様しっかり刻まれてるんだよとは感じてる…意識的にあざとさ出してるとき以外は精悍な色気にしかみえないんだわ私には(※あくまで個人の意見です)(チョット力入った)(自重)
それもようやく光に届くかと思ったら突き放されるような状況も次々と受け止めてきて今がある。悔しい局面を卑屈になることも、過剰にメラメラさせることもなく…
そりゃできたら楽しい姿だけみたいけれども、あらゆる経験を自身の栄養にかえられる人なんだなと感じるので、そしてどんどんスキルアップして表現の幅も広がっていく人だなと感じてるので… なにも無駄なことはないんだなと気付かされる。
そのような友野くんですから…
先走った一部スケオタがふざけて無神経な盛り上がりをしたり、仕事の幅が増えてきてちょっと違うぞということがあっても、まずどんな仕事や関係性にもただの受け身でなく責任ある足跡をのこし、どの立場の誰も傷つけず、ただ正直さ、誠実さだけをもって自身の気持ちは示す振る舞いをしてのけるんだなって。そしてファンには、自分たちはこのままで大丈夫、との安心をくれる。意識してるわけじゃないかもですが。事実そうなんですわ。申し訳なさある…
しかしこれ当たり前のように見せてるけど大したもんだと思ってる。
それもね、けっして無理してるようには感じさせずに。
少なくともヘタレのくせに自尊心だけクソ強い自分にはいちばん出来ないことなので。
このしなやかさ本当すごい…尊敬しかない…
…とまあ、ここまで言いたいこと言っておいてなんですが、あくまで彼はアスリートである。心得てます。フィギュアスケーター、それも世界で戦う現役の競技者で、そこを応援し、プログラムを演じるさまを好み、良いパフォーマンスを祈る。
それが第一だと思っています。違いない。
ついでにいえば、フィギュアスケーター自身、みんな違ってみんないいと思うし、応援する側全般、どんなタイプが、誰が好きかもそれ自体は人それぞれ。何が正解も至高も無い、です。広義ですが。ここは特定アスリートのオタクのあつくるしい部屋ですけど弁えておることは、念の為あらためて申し上げておきます。
…ただ、事実、私にとっては、友野一希というアスリートでありパフォーマーの、見せてくれるすべてがもう世界で一等です。
なので彼が愛するもの、また彼を愛するものをひっくるめて大切にしたい。
そしてそういう自分になるだけ誠実に(大切にしたいばかりに曲げられないことや時に勝手に燃えることもある我が気性を含め)生きたい、と思っています───
──さて…、
当ログはそのような御本尊の勢いに追い付けず、まだ昨季を振り返れてもないのに。もう来季のプログラムの片鱗がチラついている。のかな?ですよね師匠?例のはちょっとしたお遊び、ってならそれもヨシですけども。
それにしてもだ。
スケート人生、スケート愛、…ミラノからの4年をまとめあげたような情感こもったプログラムの完成で世界歴代6位のスコアを残したシネパラとは、なにやらもしやもうまったく別ベクトルの新プロに挑もうとしてませんか!?またこちらの心臓鍛えにくる気?!どうなん!!!笑
でも、そういうところも含めて、たまらなく好きなんだよ!
仕方がない!!!
いろんな景色をみせてくれる友野くんとそれを支えるあらゆることに感謝ですよ!
(なぜ最後にこうもヤケクソになるのか笑)
お誕生日おめでとうございます🎂
24歳の日々がより自由に輝いて、色とりどりな宝の粒で人生が彩られますように✨
これから始まるシーズンもまた変わらず応援させてもらえることを、このうえなく嬉しく思っています
どうか御健康で。
史上最高のシネパラの話(その①)
全日本遠征から帰って年末年始に地味に書き留めていた内容です。出すタイミングを窺ってるうちに(毎度このパターン)波瀾万丈のシーズン終了。
このまま封印のつもりでいましたが、SOI大阪公演を現地観賞したところで、ふり返りたくなりました。
当時の所見と感情なのでいま読むと随分と思い詰めてる部分もありますが。以下そのまま投下します。
↓↓↓
全日本を終えて1週間経ってしまった
いつの間にか年も明けている
だがわたしは未だたまありの夢のなかにいる心地である
五月雨的に吐き出す以外に他人にまつわる話をまとまった文面で記載するのは自分には難しい
書きたいことが自分でも引くほどの気持ち悪い量になりパンクしてロステレもそれで出せないままになってしまった
今回は恵まれたことに全日本期間中2日目からMOIまで一時帰宅することなく現地滞在できたのでその間こまめに更新しようとも考えたが、根がtwitter暮らしなので無理だった
あちらだと140字を連投しがちだからそれをこちらにすればよいだけなのだが
自分の中では別のものなので難しい
もう出すのやめようかとも思ったが、新シネパラをようやく現地で観られたことについては書き残しておきたいのでそれを中心に──
ちょうど1年前、心の準備なしにまる2年ぶりに旧シネパラをみたのが昨年の名古屋フェス。
身にあまる贅沢をしたからかそれ以来アイスショーの現地に何回か足を運んでも見事にタイミングがずれてシネパラにはとんと出会えなかった。
その新シネパラが進化していくのをみて、ついにロステレですべてのエレメンツを揃えたものを配信でみたとき、欲深い自分が感じたことは、現地でみたかったという気持ちより先に、ミーシャみてくれただろうか、という事だった。
JO後のコメントだったか。試合になるとジャンプに意識が偏ってしまう(それでリモート反省会になる)という話。わたしは新しいシネパラになる前から、1年前の名フェス旧シネパラの時点で、以前の競技シネパラとは違う感動を覚えていた。それはおそらく彼の積み重ねてきたもの。…ここから先は以前記したDOIの感想をなぞることになってしまうので自重する
さて、GPロステレでショート1位となるパーフェクトシネパラが見られたことで、全日本に欲というか邪念がでてきた同志の方はいらっしゃいませんか
わたしはそうでした。(キッパリ
…というか、トップを意識し始めてからというもの、全日本ショートで気負いというかなかなか力が出しきれず結果出遅れるという事が続いていたのが、あのロステレシネパラ(とララランド)をみたことで、もう大丈夫なんじゃないか、こつこつ積み上げてきた力の、あとひとつの鍵であるピーキング力がここにきてついに「ととのった」のではないかと。
年々激しくなる国内の争いのなかで、いつも外野も外野のただの底辺ファンである自分が生きた心地しないほど緊張して、スケート見たくないみたいな支離滅裂の心理状況にすらなっていたのに、ただ信じて見せてくれるものを待てばいいんだ、プログラムを楽しめばいいんだ、という気持ちになった。
いちばん緊張する全日本になる予定が、肝が座ったようになったという。
おそらく本人の、「どんな結果でも後悔しない準備ができている」という言葉にも後押しされたというか。
それで迎えた24日(駆け込み入場)
男子ショート、いきなりジュニアの三浦君がえげつない点を叩き出し大漬物石になったあと、ようやく現地観戦叶った選手、1年半ぶりに見られるのが集大成となる選手、…一人ひとりを見守るうちに時間は経ち、トップ争いが絡んでくる後半Gになるとさすがみんなここぞとハイレベルな演技をし、高スコアを上げてくる
いやでも緊張は高まるのだが、実は意外となるがままにという気持ちになっていた。
最終G5が入場し、挨拶からの6分間練習に入ってから、不意に、組分けや滑走順の印象もあってか3年前ラクタブでのシネパラを思い出してしまった。あるまじき不覚。
だけどあのときとまるで違って感じたのは、シチリアの水面のような淡いブルーをまとった身体つきの変化はもとより直前練習の動き方。当時はがむしゃらに跳んでいた印象が強く、勢いを本番に保つといった感じがあった。いつだったか随分昔の記事で、直前練習で出来ないとそれが本番でも出来ないと思って不安になる…といったことを話していた(細かい言い回しは忘れてしまったすみません)
今回は違って、周回しながら直前の氷の状態を感じとり、軌道確認、ジャンプは確実にひとつ確認、というふうに。
配信や現地レポからしか見てとれなかったものの今季に入って…少なくともGPあたりからこの形なのかな…という印象はある。(JOは何度もはまらないジャンプを試していたがその頃は練習時間?環境?が厳しかったという話を後から知るのだけど)
この全日本、わからないけど、わからないけれど、けっして超万全で当日を迎えてきたわけではなさそうだなという勝手に感じる気配はあった。おそらく、これまででいちばん大切な全日本。だけど、せっかくここまで来たのにという気持ちを押しのけたのは、実際のところ本人のパフォーマンスだった。
後半Gの好演技が続いていただけに、先に述べたように、状態絶好調じゃなくても神が降りてロステレを超えちゃうんじゃないのみたいな夢をかすかに残しながら、今季幾度となく目にした、やや上がりすぎた4Tにつけたセカンドのダブルジャンプをみた。
続く4Sに入る一瞬の緊張感で正直JOでよぎったたまありサルコウくんへの不安が脳をかすめたが、着氷に乱れがありながらもなぜか感じたことのない、「でも大丈夫」という気持ち。できれば少しのミスも許容したくない場面だったのかも知れないけれど、謎の信頼感がわいてきてそこから中盤以降、アクセル含めて不思議なほど落ち着いてみることができた。
旧シネパラ当時はジャンプに乱れがあるとどうしても(みてる私個人は)切ない胸の痛みのように、懸命に、しかしどこか悔しさからくる空虚ささえ感じていたStSqが、今季は前半の出来に関わらず常に安定して滑らか。それは新作になって初めて現地で目にする全日本であっても変わらなかった。
3年前の、重い気合い(期待)からの夢やぶれた胸の痛みのようなステップの記憶が一気に昇華していくのを感じた。
ショートプログラムの結果は7位
あのときと同じ順位
ハイレベルさ、熾烈さでいえば今回のほうが厳しさを増していたはず…
だけど3年前とは何もかもが違う、不思議な、
「よし、ここから」
という競技に関しては腹が据わったそういう気持ちになり、プログラムについての気持ちは安直な例えだが当該映画をみた後のような…
届くもの届かないもの…ままならなさ…ただそこに形を変えながらも確かにあるかけがえない自分の大切なもの…
そして、成長するということ
…を、感じ
不思議なほど落ち着いた気持ちで翌々日のフリーを迎えようという気持ちになっていた。
なにがどうあっても、穏やかな気持ちですべてをしっかり目に焼き付けてこよう…という思いになれたのはおそらく友野一希というアスリートを応援するようになって初めての感情でした。
まさか翌々日、たまありが天井まで揺れるような景色を見せてくれるとは予想もしていなかったけれど───
↓↓↓
追記) 後日発刊された雑誌のインタビューで、この全日本ショート直前に股関節を傷めていたことを知りました。
また、毎年全日本はまさに命削ってる(本人談)、終わったら満身創痍で体調崩して年末年始ということも。
素直で時に無邪気でみたまんまの持ち味をいつもみせてくれているけれど、思い至らないほどの困難を重ねての姿なのだなと。それでも本人がただ見せようとしてくれるものを真っ直ぐ、大切に、尊重したいとあらためて感じさせられました。
GPイタリア杯とそれまでのあれこれ(クソデカ感情論
一期一会で感じたことを残していこうと思っていたのですが
例によっていろいろ考え過ぎてしまって溜め込みつづけ。もう何回めやこの言い訳…
(正直いうと大きな理由のひとつには、自分なりに最大限対策してるつもりではあったけど、善かれとするレポがこの時勢にまた現地かいとなると御本尊のイメージに響きかねないかとの迷いから出せずにいたのもありました)
とまれ大切に応援していきたいと誓ったシーズンも、イタリア杯が終わり隔離生活からの来週にはGP最終戦ロステレという…
一抹の期待を寄せていたCS派遣が無く、学生でもない今季は一昨年までと比べて極端に試合数が少なくなってしまった。
そんななかでもアイスショーにたくさん出られていたのは見せてもらえる側としても有り難いことだったです。
これは選手によると思うのだけど、友野くんの場合わりと一年中…シーズン中ともなると多い月では隔週以上のペースで試合にでていたイメージが大袈裟じゃなくここ数年あって、波があるのは当たり前、ただどうしても最後にみた試合の印象が残りがちでその時の様子に一喜一憂してしまう…ええい、次だ次だ!
…な、日々を過ごしてきたもので、試合数が少なく間隔があき、仲間でもあるライバル達の好演技を観戦しながら毎週末を過ごしていると、つい余計なことを考えてしまいがちに…(私個人の場合がですよ!
昨季プログラムを持ち越したままフリー3クワド投入するようになってから、その前年に苦労していたショート2種4回転という構成がミスや取りこぼしはありつつもまとめられるようになってきた代わりにフリーで苦戦するという場面が印象として残り、勝手なものでそんな時にはついどうしても見てる側の自分としては次戦までしんどい気持ちが残りがちになるのよくない…
幼い頃から競技生活である当事者サイドは都度の手応えだったり課題の修正などにすぐ着手されているのだろうに。
見守りたい気持ちが強くなればなるほど姿がみえない時間をいらぬ推測に傾けてしまいがちになるのアカンやつですよごめんなさい。
ただそこは物分かりの良いファンでありたくて。次戦もこのままの構成でいくのかな…(もっとそこそこな点でるくらいに安定したつくりにする選択肢もどうですかね…) …などとつい考えてしまいがちな気持ちに蓋をするように、あくまで本人が決めて挑みつづけていることを信じて応援するのみだ!てんてこ舞い上等!それが我々のつとめだ!と言い聞かせてきたしこれからもその所存ではある。
本人のやりたいことが達成されることをひたすら祈り叶うよう願うわけですよ草場の片隅から…
そういう意味では、イタリア杯は横っ面を硬めのサンドバッグ(サンドバッグのほうから飛んできた)で殴られたような気持ちだった。
ララランドの完成したときの諸々がチラ見えしてしまったからだ。
現地初見のときから
アッこれ大好き!好きを語りたい!でででも具体的にうまく言葉にならん!…ッ
…であったララランドが。
友野くんご本人自ら、こいつぁ俺の曲だと、やりきったときの総スタオベが浮かぶんじゃ(意訳)と申されておった様がよぎったのはもちろん、
もしかしてこれエンターテインぬ真骨頂としてだけでなくて競技プロとしても実はすごい点がだせるように作られてあってそこに手が届きつつあるのでは…?!
という気持ち。
…なんていうとめっぽう失礼なんだけど、これは彼がやりたい曲だから!という、推しありきの贔屓目を横から蹴飛ばしたものがチラ見えして…本当そのくらい目から鱗だった。
注(彼のファン以外の方の目にも触れるかもしれないので一度だけ補足しておきますがここの話は側から単純にみた結果や順位の総評的なものとはまた別の視点です)
友野くんが関わる以前から国内の若いカテゴリの試合でミーシャのプログラムをみる機会があるたびに、ジャンプあわせるの難しそう…というのが屡々よぎっていて。コレオグラファーミーシャの理想とする振付に競技者は自分の出せる限りの要素を組み込みたい。うんわかる!いやでもこれ難しいやろ…!みたいな。
それだけに、理想と現実の近づきそうでなかなか近づかない難しさというか…
経験と歳を重ね、魅せる盛り上げるだけでなく、曲の世界に在る情感を形にすることにも長けてきた友野くんなのに、しかも滑りこなせるようになったかなと思ったらまたすぐジャンプの難度をあげてしまうぅぅ
しかもいい歳して当人比MAXに。。(言い方よ)
JO後のインタだったかな、ミーシャに怒られちゃう。さもありなん。でもやりたいんやんな。そこのジレンマ!…というのはずっと感じていたので。
わりと近年の雑誌インタでも、試合だといざとなったらジャンプを優先する(してしまう?)と話していた。
エンターテイナーでショーで群舞でもとびきり光ってる(贔屓目だと配慮しておく一応)んだけど、それでもいちばんは競技での彼を少しでも長くたくさんみたい、好きだから胃は痛いけど試合がみたい。(もちろん試合後のガラでもみたい)…そう感じてしまうヒントがそこにあるかな…
そんなわけで()、完成形がチラ見えたはいいが、実際の内容はもう、本人も言うようにジェットコースターでした。こちら側の心臓も。
後半アクセル続けてミスったあとにコンボ2つ残したままラストジャンプも真っ正面から突っ込んでいくではないですか…!しかもStsq後のスピンで脚とまったのではと思わせたくせに爆速で…
私の記憶が正しければ、フリーのラストに3Aリベンジするのをみたのは3年前、りんすぽリニューアルイベントのアンコールリバダン以来2度目なのではないかしら…
あの時はリカバリというより、ブロック翌週でややお疲れジャンプだったところからの旧シネパラ→リバダンという鬼はしごで、最後のルッツをアクセルに変えてきたのでした。フィナーレでもしれっと4Sを跳んでいたな…そういうとこ見るとたまらない気持ちになってしまうんですよね…
話が脱線しました。リカバリ3Aは単独になったけど、そのまま根性スピンからの踵にエンジンついてんのかなみたいなChsqに突入したときには、中盤以降のTESとかどうでもよくなりました。おそらく初めてです。私はいつも、試合の姿が好きと言っておきながらリアルタイムではTESカウンターばかり意識してしまっています… やっぱりいい点とって欲しいし… アスリートを応援する本音です。
それが、先に滑った鍵山くんの絶望スコア(もちろん脱帽の意です)表示もろとも気にならなくなり… いや、コレオで得点できることが分かっていたのももちろんあるけれど、最後はもうプログラムを満喫させられる気持ちに変えられてしまっていました。
フィニッシュ後、てへぺろ顔をみせながら上げた両手を下ろしながら、悔しそうに頭をポカポカしているようにみえた。中盤からのミスがなければという気持ちだったと思う。
だけど、PCSにおいて今までにない高評価をもらっていた。出そうでなかなか出なかった数字。あれだけの顔触れのなかで3番目に高かった。中盤ミスが続いたのに、先にショートで特に高評価だったとか滑走順や順位に関わりなく出たのは、私はもちろんジャッジでも関係者でもないけれどおそらくきっとプログラムと友野くん自身の評価だと思うから、それがこの立ち位置この年齢で認められるのは大きなことだなと感じました。
もちろん今季初戦の国際ジャッジだから次がどうかはわからないのだけど、氷との愛称やミスの有無は関係すれども次回以降もその評価が念頭にあればいいなと思うし、今回技術点においても、序盤からの決まったジャンプにはこれまで良いと感じてもなかなか付かなかっただけの加点がついていた。悔しいながらも課題と収穫があったと本人が言葉にするだけの、結果や順位だけでは見えない確かな収穫があったように感じました。
昨季からの序盤3本4回転、後半3A2本構成のフリー前半が理想的といっていい形で決まったのをみたのはシーズンまたいで初めてで、まずもってそれが大きなことだった。むろん毎回こうなるかはわからない。なって欲しいけども。
ただ、スコアでみるかぎり夏の全大阪でも序盤のクワドは入っていて(そのあと穴に引っかかって崩れてしまうのだけど苦笑)、この構成でいけると分かってるから続けてるんだよねという安堵感がうまれたのは正直な気持ち。
それと、ブロックでは感情の連鎖に引っ張られてしまったとの話はでていたが、今回イタリアのショート後インタにおいて、どうやらJOブロックあたりは練習環境に困難があったと知り。
あれこれ勝手憶測はしつつ本人が普段こういうコンディションや環境に関するネガティブな事をほんとに口にしない、なんなら毎回判で押したように万全デスとしか言わない人なので飲み込んで見守っていたようなことを初めて、ものすごい緊張感のなかギリギリまとめたショートが無事おわってからきいて、胸がいっぱいになってしまった。
うまくいかなかった時のものをみただけで引きずってあれこれ考え勝手に重くなってしまう所詮がただの外野でクソデカ感情な自分を恥じるばかりである。
ジェットコースター
これはフリー後にご本人のツイートからでた単語だけれど、こっちはすでにショートの段階からなぜだか手汗と胃酸の逆流がすごかった。
全日本かなみたいな。
だって配信画面に映る本人がめっちゃ緊張してる様子まで感受性の殴り合いというかゴリゴリに伝わってくるもん!(言い訳
よりによってこの大切な(いつも通りという選手もいるけど本人がそのつもりなんだからわしらにも大切なんです!)シーズンによりによって公式戦数が少ない。立ち位置を鑑みると少しも取りこぼしたくないのに、みんなどこまで仕上げてきてるか未知数とはいえアサインの顔ぶれはつよい。
あんなガッチガチだったのになんとかよくまとめたと思う。
などというとどこから目線かとお叱りをうけてしまうが、現地事前練習映像みられたのは曲かけのみだったので(視聴できたこと自体が有り難いことなのですが)曲かけ以外の部分がわからないので… ジャンプの調整については実際みるまでわからないから想像たくましくなるしかない…
しかもとことん無駄な思考巡らせたがりの私は、それまでわりと足元の装備に無頓着というか問題はないタイプなのかなと勝手に思い込んでいたので(そういうこと本当言わない人だし)、タイミングよく?先日のフレンズプラスで靴とブレードについて事細かに語っている様子に、すごく繊細なんだなと。
スケーターの皆さんあたりまえなのかも知れないし今更だけれど彼に関しては不思議なほど初めて意識して、
近いところの試合見てきたなかでの印象からもしかして靴の調整は大丈夫かなとかもう土下座レベルにあれこれ邪推(邪推やろもはや)してしまって。
(いろいろ脳内のジェットコースターを語っていますがこれは単に私自身のもともとのタチなのでほとんど現実に起きていることとは関係ないです悪しからず)
まだまだ色々あるがともかく、あとからスコアと順位みたら取りこぼしに惜しいと思いがちなところを、なんだか結果以上に謎の達成感でいっぱいになったイタリア杯でした。
そうはいっても次戦も迫っているし、周りの各選手ものすごく頑張っている。ぜんぜん安堵したりまして立ち止まったりしていられないんだろうな…
どうかこの先どうかなるだけ万全に練習が詰めて、それが競技会の場で形にできますように… (ロステレが安全に開催されみんな元気でいれますように…
このタイミングでたくさん綴ったものを出してすみません。
お察しでしょうが諸処の心情もあり書き留めたものの山が膨大になり、それを精査する余裕がなかなかなく、いつ寝るのみたいなこの週末にしれっと放流することをお許しください。
まだ覚え書きがたくさんあるので、あとから修正して足すか、そうでなくともあまりに長いので分けて投稿するかも知れません。